雑が喰おう

華道の池坊の基礎は小野妹子が作った

小野妹子と言えば、聖徳太子に仕えた遣唐使として教科書に出てきた人です。
そんな小野妹子は聖徳太子の死後、墓守として聖徳太子のお墓に花を供えていたそうです。
その時の作法が、後々、子孫の手によって華道池坊が誕生したそうです。

そして、池坊を確立したのが、小野妹子から12代目の子孫が池坊専慶です。
他にも、小野妹子の子孫には別家ですが、七代目に小野小町小野道風がいます。
結構表舞台にずっといる家系なのですね。

ところで、聖徳太子は実在しなかったという説が強くなっている昨今では、小野妹子が聖徳太子の墓守をしていたということも史実ではなくなるのでしょうか。

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