雑が喰おう

議論とはどちらかの意見を潰すことが目的ではない。本質は意見・思考を深めること

有名ブロガーのちきりんさんは、ネット上では議論しないそうです。非効率だから。

その上、リアル社会でも議論はしないそうです。議論する意味がないから。

世の中のすべての人の意見が「一致する」などということは起こりえません。いくら話し合い、議論しても、結果としてみんなの意見が一致した、などということは、ほぼないんです。

起こりうるのは「一部の人に、自分の意見を放棄させる」ということだけです。話し合って合意に達したように見える状況を思い浮かべて下さい。

そこで起こったことは、「議論を通して、全員が同じことを信じるようになった」ということではありません。一部の人が「まあいいや、お前の判断に従おう」と考えたから合意に至ったのです。「今回はそっちの方法でやってみようと思った」というだけです。

一緒に会社を経営しているとか、夫婦が子供にお受験をさせるかどうかを決めるとか、「合意に達する必要がある時」はよくあります。そういう時は、皆、議論をします。

こういった議論の目的は「話し合っている人達の意見を同じにする」ことではなく、「どちらかに、自分の意見を放棄させる」ことです。

「話し合って決める」ということは、そういうことなんです。

「話し合って決める」という幻想

と述べられています。

本人のブログ ((Chikirinの日記)) には、コメント欄をもうけておらず、トラックバックも用意してないようですし、はてブコメは非表示です。

これは、非効率だからネット上では議論しないという主義を貫いているからなのでしょう。

しかし、他の意見を見聞きするのが好きだというのであれば、議論とは自分の立場や考えと違う相手の意見を聞いたり、こちらも主張して、互いに深め合うことだろう。意見を統一することが目的ではない。という私の考えも届けたい。

議論の目的は「話し合っている人達の意見を同じにする」ことではなく、「どちらかに、自分の意見を放棄させる」ものだから、議論しない。話し合って決めるのは嫌だ、多数決は嫌だ。みんな、自分の好き勝手なことを言っていればいい。
などというのは違うだろう。

それは、自分の考えを、自分で考え、自分で調べて、自分の中で消化し、自分なりに深め、持てた人。
もしくは、自分の考えを認めてくれないのが嫌だから、言いっぱなし。
どちらかのタイプの主張だ。

前者の場合はいいが、後者の場合は質が悪い。

ちきりんみたいなある程度影響力のありそうな人が「議論する意味などない」などと言えば、自分の頭で考えられない受動的な人は、あぁ、そうなのかと、明日から「議論することに意味はない!」と主張するのです。

え?なんで?
と尋ねても、答えられないくせに。

あーやだやだ。

自分のアタマで考えよう

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