雑が喰おう

日本住所不定

 俺は男としてカッコええと思う人が四人くらいます。その一人に、三代目魚武濱田成夫という人がいます。現在その人は、一ヶ月に一回、日本中を引越ししまくっています。
 八年前にも、彼は東京中を引越ししまくる芸術を行いました。そのときは、一年とちょっとで、十三、四箇所に一ヶ月間づつ住みました。現在は、その東京住所不定のヴァージョンアップという感じで日本中を引越ししまくり、住んでいるのです。日本住所不定です。
 俺はその生き方に憧れます。
 俺は、やりたいことや夢を合わせると、十二、三個は軽くありますが、その中に、似たようなものがあるからです。それは、今みたいな寒い季節には南の町へ、逆に暑い季節には北の町へ。春や秋には、次の町を目指してみたり、その町々の季節を楽しみながら過ごしてみたり、そういうふうにして一年を過ごしたいと思っています。出来れば、何年も気が済むまでやっていたいです。
 しかし、そんな話を人にすると、「アホかお前」と言われます。なぜかと聞き返せば、大抵こう言われます。
「そんなことで食っていけるわけがない」と。
 そんなこと言われても俺を納得させるだけの理由になんかはなりません。なぜならば、既に前例があるからです。
 確かに、それは夢みたいな話かもしれません。しかし、さっき言ったように、三代目魚武濱田成夫はやっています。前例がある以上、不可能ではないですし、前例がなくとも、不可能なことなんかじゃありません。ただ、やるかやらないかだけなのです。だから俺はいつかやってやろうと企んでいます。
 彼、三代目魚武濱田成夫の言葉に次の言葉があります。
「俺は路上がリングに見えます。あなたはどうですか?」
 俺は最近こう思うようになりました。
「俺も路上がリングに見えだしました。そろそろ始まりのゴングが聞こえてきそうです。」

金木犀と高枝切りバサミ

 金木犀という木は一般的にどこにでも咲いているものなのでしょうか。やはり、桜や梅の木の方が数は多いとは思うのですが、自分が知っているだけで自分の住む家の庭には必ず金木犀の木が生えています。
 自分が記憶している最初の家の前の家には金木犀の木があったかどうかは知らないのですが、自分が物心ついた時に済んでいた家の庭(といっても車を置けるくらいの広さしかない)の片隅には金木犀の木が一本生えており、母親が枝が伸びた頃に通販で買ったのか高枝切りバサミでバッサリ切っていたのを覚えている。
 それから、家庭の事情で引越しすることになり、移り住んだ家の庭(おなじく、車を置くくらいの広さ)にも、金木犀の木が一本生えていた。その木も母親が枝が伸びた頃に例の高枝切りバサミでバッサリ切っていた。そして今年。引越しすることになり、引っ越してきたこの家の庭(といっても車を置くスペースも無い)にもやはり待っていたと言わんばかりに金木犀の木が一本生えている。この金木犀は今までの金木犀とは違い、結構下のほうでバッサリ切られているようで、高さもなく、孝枝だ切りバサミは前の家の隣の方に奉納されることになった。そして、今の家の庭に生える金木犀は自分が世話しようかと思っていたりする。またその木の近くには松ノ木のような木も生えており、紫陽花や葱のような葉の花も咲いている。高校の頃にガーデニングの授業を受講していた血が騒ぐ。「よし、胡瓜とプチトマトも育てよう。」とも思ったりしているのである。
 気が変わらなかったら春にでも種を撒こう。

ナマケモノの毛って硬そうっす

今日TVでナマケモノをやっていた。
何かちょっぴり好きになった。
カバより好きになったかもw

クレヨンの匂い

灯油がなくなったので、入れていると、
やっぱり手につくわけで、石鹸で洗っていると、
妙になんか懐かしい匂いがするなぁと思ったら、
それはクレヨンの匂いじゃないかと思ったんですが、
違うでしょうか?

雑学ってある意味、ライフハックみたいね。

雑学は別に万人に受けるネタじゃないですけど、ライフハックのように使い方によれば今後の生活に役立つ情報という点で似ているんじゃないですかね?
と思った今日この頃です。
そういう目で雑学を見るとまた違った使い方ができるのではないでしょうかね。
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